箱根ジオパーク

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金時山や明神ヶ岳など箱根外輪山と北方の足柄峠、矢倉岳にのびる足柄山地を両翼として、その中に、丘陵地、台地、さらに山間のせせらぎを集めて西から東へと市内を流れる狩川、内川の谷底平野と酒匂川の沖積低地からなる西高東低の地形で、平坦地は足柄平野の一部を占めています。
足柄峠と足柄道(矢倉沢往還)イメージ

足柄峠と足柄道
(矢倉沢往還)
あしがらとうげとあしがらどう
(やぐらざわおうかん)

金時山の北側に位置する足柄峠は、箱根峠よりも古くから交通の要衝でした。そこを通る足柄道は、奈良・平安の時代より官道として利用され、古事記や万葉集にも足柄という地名が残されています。江戸時代、東海道が整備されると、足柄道の一部は矢倉沢往還と呼ばれ東海道の脇往還、そして道了尊最乗寺や伊勢原の大山、富士山への参詣道として利用されてきました。
矢倉岳イメージ

矢倉岳
やぐらだけ

南足柄市の北側は、約200〜100万年前に海底で堆積した足柄層群が広がり足柄山地を形成しています。約115万年前に足柄層へ貫入したマグマが冷え固まり、その岩体がプレート運動の圧力により標高870mまで隆起しました。更に周囲を覆っていた足柄層が浸食され、深成岩である石英閃緑岩の山、矢倉岳が現れました。
夕日の滝イメージ

夕日の滝
ゆうひのたき

箱根外輪山を水源とする内川が、夕日の滝断層の活動により滝となりました。この断層は、箱根火山堆積物と足柄層との境にもなっており、下流の軟質な足柄層群を浸食して滝を形成しました。その落差は20m近くあり、見事な景観となっています。
蛤沢周辺イメージ

蛤沢周辺
はまぐりざわしゅうへん

伊豆半島は、かつては本州の南方にある火山島でしたがフィリピン海プレートの運動により本州に近づき、200万年ほど前から海底に土砂が堆積、足柄層群が形成されました。70万年ほど前には本州と衝突、さらに押され続けたためこの足柄層群が隆起し足柄山地が生まれました。周辺からはハマグリ等の化石も見つかっており、この地域の成り立ちを知る上で重要な場所となっています。

文命堤イメージ

文命堤
ぶんめいづつみ

関本丘陵(怒田丘陵)と呼ばれるこの地域は、箱根火山による火砕流や内川や狩川から運ばれ堆積した礫層によって形成されました。当丘陵地の北側は酒匂川に接しており、江戸時代に整備された文命堤付近の右岸では、箱根火山起源の火砕流堆積物が観察でき、この地域の災害と治水の歴史を知ることができます。
最乗寺と杉林イメージ

最乗寺と杉林
さいじょうじとすぎばやし

箱根外輪山の裾野に建ち、600年以上の歴史を持った曹洞宗では福井の永平寺、鶴見の総持寺に次ぐ古刹。「どうりょうさん」と呼ばれて親しまれ、大勢の参詣者が訪れ、境内の荘厳な佇まいが多くの人々を惹き付ける、南足柄市を代表する観光地です。参道や境内には樹齢500年以上の杉の巨木が見られ、杉林は県の天然記念物に指定されています。
清左衛門地獄池イメージ

清左衛門地獄池
せいざえもんじごくいけ

箱根外輪山を水源として、1日に1万3千tもの湧水量を持つ池です。水源である明神ヶ岳は、27〜23万年前に生まれた成層火山でしたが、23万年前以降の大規模噴火により山頂部分が崩壊し現在の形になりました。火山噴出物が多くの水を蓄えるため、麓では水が豊富に湧き出すのです。現在は平成の名水百選に選定されています。
御嶽神社と矢佐芝石丁場イメージ

御嶽神社と矢佐芝石丁場
みたけじんじゃとやさしばいしちょうば

箱根外輪山の一つである明神ヶ岳の麓にある三竹地区の鎮守社です。参拝用の石段は、小田原市久野の奥から産する久野石(かま石)が使われています。この久野石は、箱根火山起源の凝灰岩と考えられ、耐火性に優れ細工も容易なことから、かまどや蔵をはじめ、灯籠や供養塔の覆いに使われてきました。